俺様☆キング

ライバルの助け船

【慧side】

 あの時、ちゃんと乃亜に『お前とは付き合えない』って言えば良かった…。
 それは今、この状況になって気付いた…。

 俺の隣には乃亜が一人キャピキャピしながら淡々と喋っている。俺は乃亜の言葉なんて聞きやしないで、ただボーっとして隣を歩いてた。

「あれぇ~? 音子ちゃーん?」

 隣にいた乃亜が急に何か企んだ様な声色で声をあげた。俺の目の先に音子の姿があるのに俺は未だ何も考えられず目の光を失っていた。

「…あ、…と…」
「ねぇねぇ、音子ちゃん、私ね、慧を付き合う事にしたんだぁ」
「…そう…なんだ」
「慧ね、今になってやーっと乃亜の魅力に気付いたんだよ? 遅いーって感じ。まぁ前の彼女に洗脳されて気付かなかったんだよねぇ、慧。今はもう慧は乃亜に夢中♪ 元カノなんて眼中にないんだよねぇ、慧?」
「…あぁ、あんなクソみたいな女、興味なんてねぇよ」

 っ!? やっと我に返ったと思ったら、もう音子は走り出していて隣の乃亜は勝ち誇った笑みを浮かべていた。…これが今の状況だ。

 俺は何やってんだよっ!? 思っても無い事言って、音子を傷付けて…。これで今の現状が変わると思ってんのかよ、何も変わらないだろ。…だからこんな事に…っ。

 もう…何もかも遅いって自覚した。何も考えたくなくて、突然歩き出した俺を呼びとめる乃亜を置き去りに屋上へ向かった。

 屋上は音子と付き合った特別の場所だ。でも、それも今は…もう、なんの意味も持たない。
 あいにくの今日は曇りだ。今すぐにも雨が降りそうだ。
 音子の顔が少しチラつくが…気にせずフェンスを背もたれにして座りながら目を閉じた。

 …何時間ここにいたんだろうか…。空は相変わらず、どんよりしていた。

「…はぁ」

 ガチャ…。
 ため息と同時に屋上の扉が開いた。時間を見ると、もう放課後だった。

「…やっと見つけた」

 俺の目線の先には…及川光輝。

「…音子はここにはいねぇよ」

 どうせ、俺と別れたって聞いて及川は音子を狙いに来たんだろ? って正直思った。
 昔の俺なら、そんな事させねぇ! って思っただろうけど…今の俺には、そう思う事も許させれない気がする。

「あいにくお前に話しがあんだよ」

 は? 俺かよ。俺になんの話だよ…。

「お前、何やってんだよ」
「は?」
「何、音子泣かしてんだよって言ってんだよ!」

 珍しく及川が怒鳴った。…ってか、そんなにつるんだ事ねぇけどな。

「…てめぇに関係ねぇだろ…」
「は? 音子自身から全部聞いたんだよ、てめぇが、どんだけ音子を苦しめてるかよ!」

 …音子から聞いた? は、俺には何も話さないのに、コイツには話せるってか!? 苦しめられてるのは、こっちだろ!?

「てめぇに何が分かるってんだよ!?」
「分かんねぇな! お前の気持ちなんてよ!?」
「てめぇっ!!」

 俺は及川の見透かした言い方にイラだって及川の胸ぐらを掴んで右手を拳にして殴ろうとした…が俺にはコイツを殴れなかった。俺はフェンスを背にしゃがみ込んだ。

「…俺は、とっくに音子にフラれてんだ」

 珍しく弱音を吐いた俺の隣に及川は少し距離を置いてしゃがみ込んだ。

「…音子は別れたくて別れを言った訳じゃねぇんだよ…」

 は? どう言う事だよ。

「てめぇ…どこまで音子の事知ってんだよ」

 音子の事を良く知ってるのは、ずっと俺だけかと思ってた。でも今回はムカつくけど及川の方が上だ。怒りを抑えて及川に尋ねた。

「アイツ…ずっと手越に脅迫させてたんだ」
「手越って…乃亜か!?」
「そう、そんな名前」

 乃亜が…アイツが関係してる…!?

「その手越ってヤツ、お前の事好きなんだろ? けどお前は音子と付き合ってた。だから手越は音子を標的としてイジメをしてたんだ」
「…イジメ…?」

 イジメって…あの体育の時に転んだって言ってた膝の傷…。あれもそうなのか?

「…お前彼氏なのに何も知らなかったのかよ…!? アイツが苦しんでたのにっ、俺はこんなヤツに負けたのかよ…。いつまでも音子が隣にいると思うなよ!?」
「…、わりぃ」

 情けねぇ…何も反論する事も出来ない。及川の言う通り、音子がいつまでも隣にいる事が当たり前だと思ってた。

「俺に謝ってどうすんだよ…。もちろん音子が別れを伝えたのも本心じゃない。手越に別れろ、別れなかったら、また学校全体でお前をイジメの的とする。って言われてお前が好きだけど…イジメに耐えられないって思って別れたんだよ」

 …。頭の中が真っ白になった。何でクリスマス前にあんなにデートにこだわるのか…別れのタイムリミットがあったからって思えば音子の不明な行動にも納得した。

 なのに…俺っ…23日、約束ほったらかして寒い中、音子を一人で待たせて…。そう思ったら胸が物凄く締め付けられた。

「…榎田はまだ音子を好きか?」
「…なんて質問してんだよ、当たり前だろ!」

 フラれたって嫌われたって好きだし、意地悪な事言っても試すような事しても好きだし…音子を嫌いになんてなれる訳ねぇだろっ。

「…正直てめぇの事は気にいらねぇ…。音子がお前を許しても俺は許せねぇ…! だけど…音子に『慧じゃなきゃダメなの…。どんなにひどい事されても嫌いなんてなれないよ…』って言われたら何も言えねぇよっ。ちゃんと手越と話し付けて音子の事迎えに行けよ!」

 俺があんなひどい事をしても音子は俺をずっと…。
 謝りたい…許されない事したって分かってるけど…音子に謝りたい。傷付けた事、一人で泣かせた事…たくさんたくさんあるけど全部謝って思いっ切り抱きしめてやりたいっ。
 そんな俺の気持ちを察したのか及川は…

「今、3階の奥の空き教室に音子を待たせてる」
「及川…」
「行ってやれよ、音子はお前を待ってる」
「…サンキュー」
「待て、最後に一つ…」

 早く行きたい俺の気持ちと裏腹に及川は俺を引きとめた。
 振り向いたと同時に俺は地面に倒れた。

「これで色々とチャラにしてやる」

 上を向くと及川はちょっと勝ち誇った笑顔をしていた。

「ふっ、上等だ」

 つられて俺も笑顔になる。

「ほら、行け! 榎田慧!」
「おぅ!」

 俺は勢い良く屋上を出て行った。空は少し晴れ間が見えるが台風の前触れの様な天気ともいえた。
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