はらり、ひとひら。


「ねえ薫、少し休憩しない? 中にお茶飲みに─」

「いや。……もうちょっと見てからにする。先に行ってて」

「…そう」


まあ無理もない。
動揺してしまったとはいえ、あんなことまでしなくともと何回も自分も責めたし、「もういいから」と言われるまで薫に謝った。


もう怒ったり失望したりはしていなさそうだが─「記憶を取り戻したい」という気持ちが、薫を急かしてならないのだろう。

寝る間も惜しんで文献に読みふけっているせいか顔は青白く、隈ができていた。


あれじゃ半妖とはいえすぐに体を壊しちゃう…
何回言っても聞いてくれないんだから。


でも今日こそはちゃんと寝てもらおう。


「あ。玄米茶だ、ラッキー」


誰もいないリビングは蒸し暑い。戸棚を開けて思わず声をあげてしまった。

いつもは緑茶かほうじ茶、紅茶くらいしかないのに珍しい。
貰いものだったら開けちゃまずいが、そうだったらちゃんとお母さんはわけて保管するはず。



「大丈夫だよねっ」


暑いし水出しにしよう。


リビングから少し離れたキッチン。
エアコンの風を最大にしても届かない。汗がじんわり吹き出てくる。


「暑い…」


もったいないとは思いつつ一息にお茶を煽る。

冷たいものが喉を伝い落ちて、身体の芯から冷えていくのが心地いい。



「ふぅ…」


師匠は今日もいない。
…まあ、あたりまえだ。そうさせたのは他でもない私なんだから。


昨日の今日で私自身罪悪感でいっぱいだけど、忘れようとコップをきつく握りしめた。



…遡ること、一日前。
真夜中に突然帰って来た師匠は「話がある」と唐突に口を開いてかしこまった。
読んでいた文献を片隅に追いやり、私も正座をした。


「誰を信じようとお前の勝手だ。だからお前が私を信じぬというのなら、それで構わん。

だが私は途中で『務め』を放り出す気は毛頭ない。

お前が嫌がろうが逃げようが、最後まで私は杏子を守るため、はたらく」



突然のことに言葉もでない私に師匠は更に続けた。
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