その両手の有意義な使い方
第六話 … 不安のかけら
心理学概論は、大きめの講義室に対して、六割弱の『客』の入りだった。

ノートさえ入手すれば『良』は確実、と噂の楽勝講義にこれだけ学生がいるのが、文佳には信じられない。

実を云うなら、文佳が講義に出たのは二回目。
初回の次が、六月の今日。

だけど、このコマを埋めておいて、本当に好かった。

しみじみ妙な感慨にひたる文佳の手許に、にょろりと伸ばされたのは、つやつやパステルカラーのシャープペン。

『どうしたの?』

ルーズリーフの端に書き加えられた言葉。

思い出すのは、高遠の、曇った顔。

ズキンと、胸が痛む。

―あたしは、一体どうしちゃったんだろう?

訊きたいのは、文佳の方。

でもきっかけはわかっている。

高遠が文佳を守るために紡いだ、小さな嘘。
その背後に宿る、痛み。

その影の色が、都合の好い文佳の夢を、突き破った。
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