。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅲ・*・。。*・。
喧嘩の現場であるフィッティングルームの一室は鏡が割れていて、血の痕がべったりと残っている。
ドアの蝶番も外れそうになっていてかろうじて壁とくっついてはいるが、キイキイ音を立てて今にも外れそうだ。
その当のご本人たち、
叔父貴は鴇田に連れられて外に居るし、戒はキョウスケを店の隅まで引っ張っていって二人で何事か話し合っている。
あたしは残されたキリさんと二人きり。
そのキリさんもスタッフの人に名刺を渡しながら、
「龍崎が大変失礼なことをいたしました。修理代はこちらがお出しいたしますので」
と言って頭を下げている。
「いえ。いつも龍崎様にはご贔屓にしていただいているので…」とスタッフの人たちも慌てて名刺を受け取ってはいるが、少し迷惑そうに顔をしかめている。
「警察、呼んだ方がいいんじゃないですかね」ともう一人のスタッフも心配そうに顔色を曇らせていた。
「このことはどうかご内密に。とりあえずはこれで」
キリさんは鞄から小さなメモ帳みたいなものを取り出すと、手馴れた動作でスラスラとペンで何かを書いた。
それを一枚捲ると、スタッフの人たちに手渡している。
何だろう…と目をぱちぱちさせていると、
「小切手。お金をつかませておけば騒ぎ立てないでしょうからね」とキリさんがイタズラっぽくウィンクしてあたしに囁いた。
小切手!?
あのぺらぺらした紙に一体どれだけの数字が書き込んであるのか謎だったが、
その紙切れを見てスタッフがぎょっと目を剥いているのが分かった。
相当な額に違いない。
「いや、でも…」と言ってスタッフの人たちはそれをキリさんに戻そうとしている。
それを素早く押し返し、
「受け取ってください。わたくしからの気持ちです」
パサッ
キリさんは髪を僅かに振り、メガネをすっと外すと、スタッフの男の人の手をそっと握り、その手を自分の胸元へと導いていった。
「わたくしからのほんのお詫びの気持ちです。どうぞお受け取りください」
とスタッフに妖しく笑いかけた。