ひとまわり、それ以上の恋

 由美さんはああいうけれど、拓海さんは天国で僕を恨んだりはしないだろうか。

『市ヶ谷くん、もしも祇園祭に間に合わなかったら、代わりに連れていってくれないか』

 僕はそんなことはない、必ず治ると励ました。彼は彼で治す気持ちはあったとしても、どこかで病の行く末を案じていたのかもしれない。

 代わりに連れていく、ということは……父親の代わりにということだ。彼女にもこの間そう伝えた。ひどく傷ついた瞳で見られてしまった。

 僕は一体どうすべきなのだろう。彼女を傷つけたくない。大切にしなくてはならないと考えれば考えるほど、彼女を追いつめてしまう。と同時に自分の心も窮屈になっていくのを感じていた。


 週明け、月曜日になっても彼女は咳がひどそうで、金曜日までずっとマスクをしていた。どうやら僕の風邪を本格的にうつしてしまったらしい。梅雨入りしたあとも、長引く風邪は消えていきそうにないようだ。

 彼女は彼女で、僕の心配ばかりをしてレシピを色々考えてくれているみたいだけど。

「すっかりよくなったよ、きみのおかげで。なんだか悪いね」
「……これは、私の自己管理がよくなかったから、です」

 お説教じみたメモを残したことがあるからかバツが悪いのだろう。円香はマスクでくぐもった声でそう言った。

「そのレシピを見て、今度、僕が作ってあげようか」
「料理なんてしたことないんじゃないですか」

「いや、あるよ。幼い頃は旅館の料理をさんざん手伝わされた。その上、一人暮らし歴は長い。自分だけだと思うと、作る気にならないだけさ」

「大人げないです。言い訳したりなんかして。いっつもそう」

 拗ねた瞳を向けたかと思ったら、天真爛漫に笑顔を咲かせる。彼女は世話を焼くことを苦としていない。料理を作ることも、スーツとネクタイを合わせることも、一緒に買い物をすることも。仕事を挟んでの関係であるのに、彼女といると忘れそうになる。

 ああいえばこういう、という僕の性格を、彼女もだんだんと把握してきている。会話のレスポンスというか二人の間には何か呼吸のようなものを感じている。
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