ひとまわり、それ以上の恋
「沢木くんと一緒の方がよかったかな。若い子同士の方が。打ち合わせのときも盛り上がってたみたいだし。なんていうか息があっていた。あのとき、蚊帳の外に置かれたような寂しさがあったよ」

 またからかうために言っているのかなと市ヶ谷さんを見上げてみたけど、今度は冗談じゃないみたい。それってどういう意味なんだろう。

「……そんなことないですよ。市ヶ谷さんだって、イジワルなこと言ってたじゃないですか」

「何か言ったかな?」

「あ、ご自分のことは棚にあげるおつもりですね。それに、優羽さんは真剣にお仕事の話してたんですし、弟の千尋さんにも失礼ですよ」

「君の言うことはもっともだ。僕が悪かったよ」

 あっさり認められても拍子抜けする。

 なんだかあの一件があってから、市ヶ谷さんに対する見方が少し違ってきているように思う。最初はとにかく憧れの存在で副社長と秘書という立場というものを弁えなくてはならないと考えていた。

 もちろん今もそうだけど、それ以上にひとりの男性として接するようになっていた。ぎこちなかった会話のやりとりもこの頃はうまくキャッチボールを出来ているかもしれない。

 市ヶ谷さんはどんな気持ちで一緒に祇園祭に行こう、と言ってくれたんだろう。もちろん仕事があるからそのついでにスケジュールを合わせてくれたということは分かってる。私だけのためにこうしてくれたわけじゃないって。

 でも、市谷さん……。私、お父さんと来れなかったけど、今、市ヶ谷さんとここに来れて嬉しいと思ってる。隣にいるのが誰より市ヶ谷さんでよかったと思ってる。

 それを伝えたら、いつもみたいに困ったように眉を下げるのかな。
 独身のままでいる理由が、無類の女好きとかだったならよかったのに。
 真実を知ったあとも、私の気持ちはますます募るばかりで、少しも醒めていこうとしない。
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