ひとまわり、それ以上の恋

 奥から男性店員が出てくる。市ヶ谷さんを真似て私も頭を下げた。ネームにはオーナーと書かれてあった。

 店の外に出されていた黒板メニューには、有機栽培の原産地、茶葉の名前などが書かれていた。本日のオススメはスリランカ産のものらしい。

 私はハーブティはいいとして紅茶やコーヒーには疎い方だ。

 美羽さん曰く、重役は一口飲んだだけで、コーヒー豆の種類だとか質だとか言い当てるので、たかがコーヒー一つでも気を遣わないといけない、と言っていた。大事なことは、重役が気持ちよく仕事に向かってくれること、だそう。

「おススメを」と市ヶ谷さんが声をかけるとオーナーが爽やかに応えて、私の方へも聞いてくれて、市ヶ谷さんと同じものを頼んだ。

 オーナー自らが忙しい朝挨拶に来るぐらい、市ヶ谷さんは常連なのだと知った。

「こちらによく来られるんですか?」
「忙しいときは大体ここで済ませることが多いかな。今日みたいな日とかね」

 目と目が合って、私はドキリとした。なんだか意味を含んでいるような気がしないでもない。

 そう待たずに、紅茶のいい香りが漂ってきて、シンプルな白いプレートにはボリュームのあるシフォンケーキ。

 隣には色彩鮮やかなフルーツが盛り合わせられていて、これだけあれば朝食には十分な量がある。
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