ひとまわり、それ以上の恋

 朝、僕は、彼女から起こされるより先に、ケータイの着信音で目を覚ました。このところ「朝起きられない」のではなくて「眠れていない」事の方が多い。

 電話はロンドンにいるミシェルからだった。ミシェルは僕がロンドン支社にいるときの秘書で……、元恋人というか、恋人を作らない僕にとっては相応の人である。

 Helloと訛りのない流暢な英語が耳に触れたあと、彼女は「おやすみのところゴメンナサイ」と日本語を付け加えた。

「いいよ。おかげで目覚まし代わりになった」

「それだったら起きることの方が珍しいわね」

「たしかに。このところ眠れていない。低血圧というだけじゃなく、不眠症になったかもしれない」

 電話の声がこめかみから這い上がるように頭に響く。

「――透は、まだ結婚する気はないの? 奥さんの効果は絶大よ」

「随分、タイムリーな話題をありがとう」

 空笑いする僕に、ミシェルはあら、と一声あげてその先を追及してくる。

「じゃあ婚約でもしたところ? それともようやくその気になった?」

「いや、昔にタイムスリップしていたところだよ」

「いつもおかしなこと言うのね」

 面白くなさそうにミシェルはそう言った。


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