ひとまわり、それ以上の恋
 気づけば、市谷さんの膝の上に乗せられていて、戸惑うばかり。

「え、あの……」
「さっきは嵯峨野さんがいたから遠慮したけど。彼女があのまま来なかったら、どうしていたかな?」

 私を見つめたまま、市ヶ谷さんは動かない。

「……あ、……市ヶ谷、さ、……」
 どうして、急に。こんなの市ヶ谷さんらしくない。
 心臓の音が急に速まって、苦しい。

「待って、ください……あの」
 ガラス珠のような、白い陶器のティーカップに注がれていく茶色と似た、その瞳が私を見つめている。

 私の頬はますます沸騰したようにかっと熱くなっていた。

「……市ヶ谷さ、……」
 私の唇と、市ヶ谷さんの唇が……試すように重なった。目の前のことが信じられないでいると、市ヶ谷さんは私の頬を包んで、角度を変えてもう一度やさしく啄ばむ。

「んっ……」
 それだけで終わることを期待した私の唇が半分開かれた隙をついて生温かい舌先が触れてビクリと肩が震えた。

「んっ……っ」

 長い睫毛が伏せられた視線はいつもの朗らかな彼とは程遠く、私のすべてを奪ってしまいそうなほど獰猛で、私は野性のライオンに差し出された小さな動物のように何もできずにされるがままでいるしかなかった。
< 89 / 139 >

この作品をシェア

pagetop