ひとまわり、それ以上の恋
「……そんな初心者の君に、無理矢理しようなんてしない。大人ならセーブしないと。けどね、君が言ったように、僕も男だ。今のぐらいじゃ済まなくなるよ。君はそれでいいのか?」

 市ヶ谷さんはいつも受け身で、女性に対しての気配り上手で、こんな無茶なことする人じゃないと勝手に思い込んでいた。初めて市ヶ谷さんのことを、ただひとりの男性として感じていた。怖い、と思った。

 だけど……私に触れるそのひとつずつを思い出す度、やさしい。いやじゃない。もっとそうして欲しい。そしてそれが別の女性に向けられてしまうのを考えると、哀しい。私の胸に広がるのはそういう気持ちだった。

「……いいです。市ヶ谷さん、だったら……いいんです」

 追いつめられて素直な声が零れていく。市ヶ谷さんは深いため息を吐いて、私の腰を抱き起こした。

「なんで君は……脅しも通用しないなんて困った子だね。来月は、お父さんの命日なんだろう? こんなことしてたら、君のお父さんに叱られてしまうよ。新入社員をたぶらかす悪いオヤジに捕まってるって、嘆くよ」

「どうして命日って……」
 私は一度もそんな話をしていないはずなのに……。
 市ヶ谷さんはその件には答えずに、私を膝の上からおろした。

「とにかく、君は僕をかいかぶりすぎている。それでも知りたいっていうなら止めはしないけど。でも、できたら可愛い娘を傷つけるようなことはしたくない。分かってくれないかな?」

 さっき私に迫ったのも、キスをしたのも、脅すため……それだけでしかないということ。


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