ひとまわり、それ以上の恋
「では、お伝えしておきます。今日の九時までに目を通していただきたい書類があります。十時に会議が一件。そのあとお昼をとっていただきます。一時にはホテルでマスメディアとの打ち合わせ、会場まで車がお迎えにあがりますので、五時には会食に間に合うように横浜のホテルに移動していただきます。以上です」

 逃げるようにスケジュールを告げた。それしか出来なかった。私の背になだめるような声が届く。

「これだけ言わせて。君を僕の秘書からおろす気はないからね。それから、デザイナーが君の意見を欲しがってるんだ。連休明けに一緒についてきてほしい」

 ぽんとやさしく頭に触れられたその手の、指先が少し触れたところにさえ、感じて、切なくなった。

「……分かりました」


 不毛な恋だって分かっている。
 けれど、はじまる前から終わりにしたりしないで。

 大人になって欲しいと願うなら、私をゆっくり大人にしてくれたらいい。

 その相手が、市ヶ谷さんだったら……いいって本当に思ってるのに。
 市ヶ谷さんにとって、私はそういう対象じゃないんだ。

 会社に到着するまで、迎えにきた車の中、市ヶ谷さんの隣で悶々としていたけど、さっきのことが不意に気になった。どうして、父の命日のことを知っているのだろう。

 家族構成ぐらいは分かるだろうけど、父が亡くなった月まで知っているものだろうか。なんだかそこが引っ掛かっていた。





 
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