蒼穹の誘惑
(1)


栄次郎は焦っていた。

額から流れる汗は、梅雨入りの蒸し暑さのせいだけではない。

エレベータが開ききるのも待てず、足早に社長室へと向かった。

「高宮はいるか?」

「は、はい」

その剣幕に、受付秘書の園田は頷くことしかできない。

「私が呼ぶまでこの階には誰も通すな」

「り、了解いたしました」

慌てて園田が席を立ち、社長室のドアを開けようとしたその時、中からドアが開かれた。

「長谷川副社長、お待ちしておりました」

辞を低くすることもなく、高宮が見下ろすようにドアの傍に立っていた。

「どうぞ、中へお入りください」とゆったりと微笑まれ、物腰は穏やかだというのに、何故か追い詰められるような威圧感に、背中に嫌な汗が伝った。


(こんな若造に……っ)



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