月とバイオリン
「ピーター」

「なんだね」

「物事に向かっていく時に、自分の手に負えないかもしれないと思うことって、ある?」


 突然の質問に、驚いた様子は見せなかった。パイプから昇る煙も、空気の内へと向かっていく。

「経験で補ってゆくのだよ。人はそのために生きてゆくんだね」

「私は正しいかしら」

「もう決めているのだろう?」

「支援があるなら安心するわ」


 街灯にも火が点され、ピーターの顔にレンガの影がかかってしまった。けれど微笑んだ顔を、確かに見たと思っていた。


両手を組んで胸の前に。

知らず知らずに力がこもる。

上っていくカノンの旋律。

より高く。高みを目指して。


街がすっかり闇へと落ちるのを待ち、今夜もこの家を抜け出そう。


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