月とバイオリン
音楽が消えた部屋の中は今では、急速に空気すら消えていくようだった。

沈黙のヴァイオリンを見て、思う。

彼が動かさなくては音はない。

だから、夜に響いたのはこの人なのだと。


 なんのために……。

「あなたのカノンは、私の耳に届いたわ。私のために弾いたのでなくても、私は聴いたもの。あなたがヴァイオリンを弾くと、私に聴こえるの。私だけじゃない、私たち」

 いちばん初めにわかっていたそのことを、またこの場所で思っている。

「あなたが聴こえてしまうのよ」

 泣き声のようだった。


右の手が探るように動き、弓は握りなおされた。
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