としサバ
4話 絞首刑
 深見信彦にとって、昨日のさくらんぼでの経験は、衝撃とも言える出来事だった。

 甘酸っぱい余韻を楽しもうとするのだが、それに信彦は没頭できなかった。

 頭の片隅には、常に鉄のような重石が、ズシッと頭を押さえている。

 ここ2、3年というもの、信彦を憂鬱のロープでがんじがらめに縛り付けているものがある。

 それがいま目前に迫っているのだ。


 「いよいよ明日か」


 明日は信彦の60回目の誕生日。大学を卒業してすぐに今の会社に就職したのが、昨日のようだ。


 「来るべきものが、ついに来たか」


 自分の今の立場は、絞首刑を目前に控え、首に頑丈な綱を巻き付けられた境遇に似ているかもしれない。

 恐怖と不安が体中を電流となり、駆け巡っている。




 「定年」




 これほど残酷な言葉は地球上にはない、と信彦は思った。


 運命の日は、朝からどんよりと曇っていた。

 会社に入社した頃から今までを思い浮かべてみると、いろいろなシーンが走馬灯のように脳裏を駆け巡り、信彦は朝まで一睡も出来なかった。





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