としサバ
5話 悔し涙
 信彦は御堂筋に出ると、地下鉄で帰るか一瞬迷ったが、梅田方面に向かって歩き始めた。

 花束に行き交う人の視線が集まる。
 少し恥ずかしい。


 信彦は歩く速度を速めた。
 気が付くと、淀屋橋まで来ていた。



 信彦は橋の中央まで歩くと、そこで立ち止まった。そして、花束を土佐堀川に投げ捨てた。
 花束が黒くよどんだ川に向かって落下してゆく。

 信彦はこの花束を家に持ち帰り、飾る気持ちには到底なれなかった。


 自分の帰りを今か今かと待っている妻の顔が浮かんだが、このまま帰るつもりはなかった。

 
 「許してくれ。今日は飲ませてほしい」


 信彦は独り言を呟くと、北の新地にある行きつけの店に向かった。


 『かの川』は、信彦の馴染みの店である。
 料理自慢の女将が、酒に合うちょっとした肴を出してくれる。
 それが、信彦の口には合っており、実に美味しい。

 料理に釣られて、足繁く通っている店だった。





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