としサバ
 信彦は湯のみに口を付け、少し濃いめのお茶をゴクリと飲んだ。

 それは、香ばしく、ことのほか、ほろ苦かった。


 「本当に女はいないし、お前にも不足はない。理解してくれといっても、無理だと思うけど・・・」




 「これは、男のロマンなんだ」




 「何がロマンよ」


 「60歳になるまで、ただひたすら働いて来た。その結果が定年だ。プライドを捨てて、細く、長く、我慢し続けるだけの人生を、僕は歩みたくないんだ」

 「・・・」

 「たとえ、失敗してのたれ死んだとしても。ひとりなら満足して死んで行ける。僕の我儘を許してくれ」

 「それじゃ、我儘過ぎるわよ。私はいったいどうなるの。この年になって、夫から離婚されて、どうやって生きて行ったらいいの」

 「お前の生活の事は考えている。僕が出来る精一杯の事はするつもりだ」


 「生活が出来れば、それだけでいいの。私にだってプライドはあるわ。プライドをズタズタにされて、どうやって哀れな女を演じたらいいの」


 「・・・」


 信彦は反論が出来なかった。





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