愛は満ちる月のように
那智はさっさと箱を持ち上げ、従業員に「アカツキフーズからの差し入れだ」そう声をかけてひとりに手渡した。

従業員たちは「ありがとうございまーす」と声を揃える。

女性は何度も頭を下げながら、


「こちらこそ、いつもお世話になってます」


そう言ってニコニコ笑った。



「紹介するよ。うちに業務用の食品を入れてくれてるアカツキフーズの営業で来生さんだ。――来生さん。彼は市内の一等地に支社ビルを構える、一条物産の統括本部長殿だよ。嫁さんも一緒だけど、女性には手が早いから、声をかけられてもついて行ったらダメだよ」


那智は笑いながら言う。

本気か冗談かよくわからない那智を横目で睨みつつ……。


(こっちから、乗り気じゃない女性を口説いたことはないぞ。それに、『十六夜』の女の子にだって一度も声は……)


不満を口にしようとしたが、ふと心に何かが閃き、悠は彼女に手を差し出した。


「はじめまして、一条悠です。こう見えて、妻ひと筋の真面目な男なんですよ。逆に真面目に見える男のほうが……彼は意外とムッツリだから、気をつけたほうがいい」


横から「どこが妻ひと筋なんだ?」という那智のつぶやきはとりあえず無視する。

すると彼女はクスクス笑いながら、


「アカツキフーズの……正確に言えば営業補佐をしています、来生茉莉子です。気をつけるなんて、そんな……那智さんは、聖人と呼ばれるような方ですし、ファンの方もいらっしゃるくらいですから。私なんて、とても相手にもしていただけませんよ」


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