愛は満ちる月のように
「私から離れてくれ。貴様に触られると吐き気がする」

「あら、十年前は喜んでたじゃない。私が咥えて勃たせてあげたのは覚えてる? ああ、そういえば可愛い奥様にやっと会えたわ。あなたに子供の作り方を教えたのは私だってお知らせしたんだけど、何かおっしゃってたかしら?」


沙紀は面白そうに笑いながら言った。



大学時代や六年前は向きになって怒鳴り返した。

何度追い払ってもやって来る沙紀に業を煮やし、『弟や妹に近づいたら殺してやる』と叫んで逆に訴えられたこともある。

実際に訴状が取り上げられたわけではないが、立場的には充分なマイナスだ。

無論、悠のほうから訴えたこともあった。

度を越したストーカー行為で裁判所から接近禁止命令が出ても、彼女は無視する。警察を呼び、その都度事情を説明し、裁判所に確認を取って沙紀を逮捕してもらうのだが……この程度の犯罪で永遠に拘束できるわけもない。

慰謝料や損害賠償を請求しても、定職を持たないため差し押さえる給料がない。固定資産も一切なく、『ない者からは取れない』と開き直っている。

前科がつこうがお構いなし。夫や子供がいないので体裁など全く気にならない様子だ。


彼女の母親は聡と離婚したときにもらった慰謝料などあっという間に使い果たし、金目当てで再婚した夫にも捨てられ、現在は細々とひとり暮らしをしているらしい。

そんな母親のもとに押しかけ、娘をどうにかしろと言っても、嫌がらせにしかならないだろう。


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