愛は満ちる月のように
ずっと引きずってきた大きな後悔。大切な価値観を根こそぎ奪われ、踏みにじられた悲しみはいまでも消えない。


「よくあることじゃない。いつまでもこだわって……ああ、だから奥さんにも逃げられたのかしら?」


両手を上げ、嘲笑を浮かべて答える沙紀の姿は、これまでと違って見えた。


「ひょっとして……あんたは本気で僕らと姉弟になりたかったのか? 父に捨てられた憎しみじゃなくて……もし、本当の父親だったらって」


悠の言葉に、沙紀は極端なほど声を荒げ――。


「違う! 違うわ、絶対に違う。本気で羨ましいなんて思ったこともない。バカバカしい。もういいわ……もう充分だもの。ルールを押し付けられるのは嫌いよ。面倒くさいのも。あんたたちの父親に言っておきなさい! 妙な真似したら、私だってタダじゃ済まさないってね」


その声はかすかに震えていた。さらに逃げ腰で言われては迫力に欠ける。


「自分で言ったらいい。あの人はたぶん、本気であんたに関わるつもりらしいから」


沙紀は悠に関わり続けた。それは否応なしに一条家……父から離れずにいたということ。まともな人生を捨ててまで執着したかったのは……。


「ほーんと、ボーヤは人が好いわね。少しは頭を使いなさいよ。ちょっとでも自信があったら、財産分与や養育費、慰謝料狙いでいくに決まってるじゃない。そのほうが確実に一生搾り取れるんだから……」

「――それは」


< 330 / 356 >

この作品をシェア

pagetop