愛は満ちる月のように
そんな彼に、悠は挑むかのように続けた。


『そんなシェフに“十六夜”は似合わない気がしますね……むしろ“望月”でしょう?』


“十六夜”……満月から少し欠けた月。

十五夜に比べて遅れて月が出るため、月がためらって……いざようように見えるからだという。ちなみに“望月”とは満月のことだ。

このときの那智は、完全でない自分に大きなコンプレックスを持っていた


『私より、その若さで統括本部長という一条さんのほうが羨ましい。“望月”というなら、あなたのことだと思いますよ』

『さあ、どうかな? 僕はもうずっと長い間、朔の月にいるので……』


朔の月とは新月のまったく見えない月。

悠は今よりもっと冷めた瞳で――月の名前に惹かれて立ち寄った、これからも食べに来たいと思う――そんなこと口にした。


今になって思えば、美月のことが胸にあったのかもしれない。

だがそれ以上に、悲しげな悠の笑みはいつまでも那智の胸に残っている。

乗り越えられない何かを抱えた者同士のような……。


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