愛は満ちる月のように
本部長専属の秘書室にはほかに事務の女性がふたりいて、秘書たちのサポートを務めている。

悠は彼らに疎まれているとは思っていないが、それほど友好的な関係を築けている自信はない。

元々、人と接するのは苦手だ。お世辞を口にしたり、下手に出るつもりも全くない。

そのため、『何をやって本社から流されてきたんだ?』と噂されていることは自分でもよくわかっていた。


「あの……本部長、余計なことかもしれませんが。副本部長や支社長もおられるのですから、奥様とのお時間を大切になさったほうがよろしいのでは?」


突然の秘書の助言に、悠は呆気に取られる。

悠は家族サービスの必要はないから、とこれまで長期休暇は取ったことがない。逆に、他の幹部社員たちに率先して休ませ、代わりに働いてきたような人間だ。


「皆さんおっしゃってました。奥様に会えてよっぽど嬉しかったんだろうって。だったら、一週間くらい休みを取られても構わないのに、と」


(嬉しい? 美月に会えて? この私が?)


悠は宇宙人の言葉を聞いたような心境だ。内容は理解できるのに、そこに自分の心が繋がらない。秘書の言葉に相応しい返答すら見つからなかった。


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