マスカケ線に願いを

「……結婚の申し出をされたわけじゃないのに、そのことまで心配するのは、私の気が早いんですかね」
「いや、あのユズだからな。一緒に暮らし始めたとたんに結婚しようとか言い出してもおかしくないから、杏奈ちゃんの心配は妥当なんじゃないか?」

 コウの言い分に、私は噴き出した。それを見たコウが微笑む。

「杏奈ちゃん、やっと笑った。あんまり深刻に考えないで、自分らしくすればいいんだぞ」
「私らしく?」
「そ、ユズなんかに振り回されんな」

 私は笑った。

「はい、ユズのこと振り回してやります」
「そうこなくちゃ」

 しばらく談笑していた私達だったけど、お昼休みが終わる前にコウにお礼を言って、私は二階に戻った。

「話終わった?」

 戻ったところで、小夜さんに声をかけられた。

「はい。小夜さんの彼を借りてしまって、ごめんなさい」
「ふふ、良いのよ。杏奈ちゃんにならいつでも貸してあげる」

 私が謝ると、小夜さんはそんなことを言った。
 意外にも、小夜さんはあのライオン弁護士を尻にしいているらしい。この照れ屋の小夜さんが、だ。

「小夜さんって、案外ツワモノだったんですね」
「あら、杏奈ちゃんには負けるわよ」

 小夜さんの言葉に、私達は笑いあった。


 ユズときちんと話をして、距離を置こう。
 そんな決心をしたのもつかの間、不穏な噂が事務所を駆け巡ることとなった。

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