マスカケ線に願いを

「杏奈、話を……」
「話すことなんてない。ユズが私に話してくれなかったんでしょう?」

 私は、素直じゃない。
 素直じゃない、だけなんだ。

「しばらく、ユズと会いたくない」
「っ……」

 これは、私の心を取り戻す期間。
 私の頑なな心を、取り戻すための時間。

 ユズと一緒にいるための、心を準備する期間。

「ユズのことが好きだから……一緒にいることで乱れたくない」
「……ごめん」

 ユズの声に、力がなかった。

「杏奈の事守るって言ったのに……俺が杏奈のこと傷つけてた」
「傷つけられてはいないよ、ユズ。でも、しばらく会いたくない」

 私は、そっと握られていた手を解いた。

「杏奈……っ」
「……何?」

 背を向けた私に、ユズが悲痛な声を上げた。

「俺は、杏奈が必要だから」
「……知ってるよ」

 ユズ、貴方が私を欲してくれるのは嬉しい。それと同じように私は貴方を欲しているの。だから、私達には、この時間が必要なの。

「何もかも終わったら、一緒に暮らそう」
「…………」

 ユズの言葉に、私は応えず、そのまま屋上を後にした。

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