絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「……いや……」
 想いは、時と場所を選ばないといけないのかもしれない。
『附和郁三か? 薫か?』
「え? いや、下の名前までは知らないけど……え、だって電話したんでしょう、ええと、だから国際ホテルで待ち合わせしてたけど、政治家の人との会食が急に入ったから来れなくなったって」
『話しが見えんな、何のことだ?』
「え……」
『最初から話せ』
 いつもの低い声が一層低くなっている。
「え……あの……、今日、仕事が終わって……、で、ビルの一階にいたの、その人。附和さんって人が。あなたから伝言を預かってきたって。で、何の伝言ですかって聞いたら、伝言は嘘だ、本当は今日あなたと食事に行くから3人でどうかと思ってって……」
『で食事に行ったのか?』
「え、だってよく知ってる人みたいだったよ? 知らないの!?」
『若い方か?』
「え、……あなたと同い年だって言ってた」
『行ったのか?』
「え、だってあなたが先に行ってるって言うから!」
『何故俺に確認しない?』
「だって……行って言えばいいかなって」
 大きな溜息が深々と伝わってくる。
『知らない男にはついて行くな』
「え、嘘……え、だって……」
『騙されたんだよ』
 溜息と一緒にその一言は出た。
「えええええーーー!! だって……うそ……そんな……」
『どうせちょっかいを出そうとでも思ったんだろ』
「……え……嘘。でも知り合いだよね? 同じ学校行ってたんだよね!?」
『……。下らん。バカな奴だと思われるのがオチだ』
「え、でも名前知ってるってことは顔も知ってるんでしょ? 知り合いは知り合いなんでしょ??」
『……顔見知り程度だ』
「うそ……だってあの人、私に食事奢ってくれたよ?」
『そんなものにつられて……相手をよく見ろと言ったのを忘れたのか?』
「……私があなたのことを知らないから……」
 今言おう。
「私があなたのことをよく知らないからこんなことになったのよ!」
『……知らないか?』
「知らないよ! 年齢も、結婚してるのかどうかも、恋人がいるのかどうかも、何も……」
『お前が知らないと思ってるだけだ』
「そんなことない!」
『……もう用が済んだなら切るぞ』
「待って」
『まだ仕事がある』
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