絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「……」
『おい、大丈夫か!?』
「……うん……」
『行こうか? 今から』
「……ううん、いい」
 夕貴の妻のことが真っ先に頭に浮かんだ。こんなところで誤解を招きたくない。
『そうか……とりあえず、また電話する。告別式の時間とか、また連絡するから』
「……うん」
『行かなくて平気か?』
「うん」
『分かった。じゃあ、明日な』
「うん……」
 立ち上がれなかった。真藤が後ろから両脇をつかんでどうにか体を支えてくれていたが、電話が切れたと同時に、体全体に力が入らなくなって、その場になだれ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「……」
 声すら、涙すら出なかった。ただ、カーペットの起毛を見つめる。
「横になりますか?」
「……」
 言いながら、真藤は個室のドアを開けて、抱き上げ、ベッドの上に寝かせてくれる。
「電話のせいですか? 駄目そうだったら救急車呼びますよ」
 電話の内容は、おそらく簡単には聞こえていたはずだ。
「……ん……」
 優しく声をかけられたせいか、今になって、涙が溢れてくる。
「水とか……持ってきましょうか?」
「……あ、携帯……」
「ああ」
 真藤はリビングに拾いに行ってくれる。
「ありがとう……」
 それを受け取ると、発信履歴で巽の番号に発信した。
「もしもし……」
 真藤はさっと出て行く。
『どうした?』
「阿佐子が、死んだの」
『……』
「あの……リュウさんが好きだった……」
『ああ、分かる』
「うん……ごめん、今日行けない。無理。駄目。明日告別式に行くの……」
『そうか』
「もう今日は寝るわ」
< 156 / 318 >

この作品をシェア

pagetop