絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

予期せぬ5億

 巽にあれだけの啖呵を切ってから、二週間という実に長い時間が過ぎた。
 家族は皆優しく、会社以外どこにも行こうとはしない香月に少し問いかけたが、「彼氏とケンカした」と一言言えば、後はなにも聞かなかった。
 優しい、平和な時間が毎日過ぎていく。ユーリとお菓子を食べて、真藤の手作りの食事を食べて、皆でゲームをして、時に飲み明かして。ユーリは相変わらずの意味不明の忙しさで自室に籠っている。真藤はというと、今更気付いたが、意外に友人が多いらしく、休日は誰かと出かけたり、時々頂き物の限定スイーツなど、お土産に持って帰ってきてくれる。
 仕事も残業はなく、ランチにも出られる余裕で、先日、久しぶりに真籐と食事に出向いたり、本当に穏やかな日々が続いている。
 だが、その穏やかさは、逆に巽を思い出させるための時間でしかなかった。
巽の問いかけにも返事をせず、飛び出したのは、自分。会うきっかけを作るのは……私の仕事だろうか。
 そればかり、考える。電話をして、一言「ごめん」といえば済む話だろうか……。謝る。何を?
 あの子とのことを疑ってごめん?
 違う気がした。
 自分の中で拒否したのは、その理由ではない気がしていた。
 突然恋敵が現れても、何の確信も得られない関係が不安になる……。
 このまま、どんなに好きになっても、ゴールのないただの恋愛として終わる。
そのことに、香月は今回少なからず疑問を抱いていた。
 身近な佐伯が突然結婚したからではない。
 あんなできちゃった結婚なら、結婚しない方がましだと思ったくらいだ。
 結婚式もせず、写真だけ撮って新婚きどりをしたって、社会はそんなに甘くはない。
 そう心で毒づいたはずなのに、今はこんなにも結婚をしたい。
 相手が巽だから……?
小さく溜息を吐く。
「香月さーん、できた?」
 今日も隣の巻き毛は元気だ。
 営業部の隣の席では相変わらず成瀬がしっかりサポートしてくれている。そういうば、附和のことは一度も聞かれなかった。もう忘れただろうか。
「うーん……まだです。もう少し」
「最近元気ないね、風邪気味?」
「いえ……別に」
「斉藤さんがインフルエンザで休んでるってさ。あの人でも風邪になるんだねー」
「そうですね……」
 成瀬は休憩のつもりで話しかけているのだろうが、こちらはまだ仕事が山盛りだ。それをみんなに知られている以上、休憩時間でもないのに一息つけるほど、香月はまだこの現場に慣れてはいない。すぐ、画面に集中する。
「それにしてもさあ、宮下代理が結婚するってなんか、ちょっとショックだなあ」
< 174 / 318 >

この作品をシェア

pagetop