絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 まあ、巽は機嫌がよさそうだし、老人を目の前にして、悪いことを言う気にはなれない。
「……ねえ、言っておくけど、あなたのことを好きじゃなかったら、絶対しなかったよ?」
「……ああ」
 巽は前を向いたまま小さく頷いた。
「あなたのお願い一つ聞いたから、私のお願い聞いてよ」
「何だ?」
 静かにこちらを見た。
「このまま、家行ってい?」
「ダメだ」
 巽は即答した。
「どうして」
「まだ仕事がある」
「じゃあそれまで待ってる」
「もううちに帰れ……遅い」
「別にいい」
 言い切ってしっかり見つめる香月に眉を顰め、一旦間を置く。
「……、山根氏はもう長くない。次、亡くなった連絡が入れば、お前にも連絡する」
「え……で、何するの?」
「遺産相続の手続きだ」
「…それって誰か代理でしてくれないの?」
「俺がなるべく代理をするつもりだが、お前の署名が必要なときもある」
「えー……、別に私、お金のためにやったんじゃないし。いいんじゃない、慈善事業でも」
「いや、お前には署名をしてもらう」
「で、その名義をまた変更して、あなたのお金にするの?」
「だからそうはせんと言っただろう」
「だって私いらないって言ってるのに」
「お前の将来を心配して、もらっておけと言ってるのが分からないのか」
……なら、あなたが心配のないようにしてよ……。
「……」
「さあ、今日はもううちへ帰れ」
 そのまさか数時間後、山根氏は死んだ。
 巽のことをくすぶりながらも、疲れでぐっすり自宅で眠ったその朝早く、携帯が鳴り、
「山根氏が亡くなった」
と聞いたときにはぞっとした。
 自らが殺した気にさえなる。
「ずっと気にしていたことがようやく解決して、気が楽になったんだろう。お前のおかげだ」
 と、午前6時に言われても、何も嬉しくない。
「えー、あれかなあ、親族の人と会わないとダメなのかなあ……」
「場合によっては」
「え―――、やだやだ、それこそ代理人の役目でしょー!!」
「まあ、うまく言ってはみるが……」
「もう別に、私お金いらないんだからねー」
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