絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「眠ってしまうのが惜しい」
 そう言いながらも、裸の香月はうとうとしはじめている。
いつものように腕枕をしている巽は、ただその長い髪をゆっくりと撫でた。
香月は何度も何度も手を回し、胸に顔をうずめてくる。そうすることで、自分を落ち着かせようとしているのか。
 これ以上不安にならないように……。
 いつだって、側にいられるように……。
 白く柔らかな腕や胸からは温かい感触が得られ、今時が流れていることを実感する。
 「全部忘れて今ここで死んでしまえたらいいのに……、ううん、今は死ぬのも惜しい」
香月らしい、素直な気持ちだと思えた。
 パラオでの二度目の夕方。少し身体を休めて、夜中にはもうジェット機に乗らないと、朝には日本に帰れない。
 今日本に帰さないと、香月の社会的居場所はなくなる。そう現実を見据えて、巽は天井を見上げた。
「ねえ、私、あなたのことちゃんと好きだよ。……知ってる? 分かってる?」
 何度目かの同じようなセリフ。
「……ああ……」
 タバコを吸いたかったが、体勢を崩すと嫌がるだろうと思って我慢しておく。
「私……こんなに好きになったの初めて……。今までちゃんとした恋愛できなかったけど。今はちゃんと自分の気持ちがはっきり分かる。なんというか、擦れてない」
「今までは擦れてたのか?」
 可笑しくて、飽きれた。
「擦れてたときもあった。好きなのか、嫌いなのか分からないまま……そういう付き合いのときもあった。
 ねえ、あなたは? 今までってどんな人と付き合ったの?」
「……さあな……」
 この質問は必ずはぐらかすことにしている。どんな答えを出したって傷つくことが分かっているのに聞きたがるのは香月の悪い癖だ。
「なんでー?? 言ってくれたっていいじゃん!! ほんとはさ、すごいロリコンとか??」
「違う」
 早い否定をして眉をしかめて見せた。
「いや別にいいんだよ、ロリコンでも。私ちゃんと制服着て対処するから(笑)」
 もちろん笑わない。
 そういうとき、香月は必ず怒らせたかなと一瞬心配になって、隙をついて軽く唇にキスしてくる。
「……なんだ?」
 その、少しムッとした表情を作るのにも慣れた。全く、人の機嫌をとるのが、実にうまい。
 香月にもそれが通じたのか、笑いながらもう一度強く抱きしめてきた。
 そして静かに言った。
「捨てないでね、私のこと」
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