絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 宮下と別れたことが家電試験への道へとなるとは全く思っていなかった。
 だが、その道が明るくなったおかげで、暗いところから、明るい場所を見たおかげで、目指す速度がいつになく速かったと思う。
 毎日、寝ても覚めても家電の話題が自分の中を占領したが、それが苦痛ではなく、むしろ心地よかった。
 香西はすぐに問題集を持ってきてくれたので、その週には一読した。
 想像以上に分かっていた。自分は無知だと思い込んでいただけで、問題は楽に解けた。
 問題集を一度採点して、それをリビングにいる真籐に見せる。合格点は70なので、赤字の55点がなかなかのものだと自分では思っていた。
「私、思うんです。今月うんと勉強すれば、末の試験に間に合うと思いませんか?」
 香月は立ったままだったが、ソファに腰掛け、長い脚を組んで問題集を眺める真籐の姿は、いかにもできる男を感じさせた。
「え、でも……あれ、えーっと、過ぎてませんか? 募集期間」
「実はもう申し込みました(笑)」
「そうなんですか! うん。大丈夫なんじゃないですか、この調子なら。会社通さないなら自費になりますけど」
「はい、知ってます。けど、どうしても早くとりたくて。
 でも、びっくりしました。こんなに問題が解けると思ってなかったから(笑)」
「いや、だってずっとフリーだったんでしょ? 僕はある程度できると思ってましたよ。接客しないだけで」
「えー!? どうしてですか?」
「いやだって(笑)、他の人より普段ずっと勉強できる位置だと思うし」
「ああそうか……早くそれに気づけばよかったかなあ」
「いえいえ十分ですよ。フリーに試験を受けさせようとしても、嫌な顔されますしね、したって実践できないから」
「そうなんです、私もそれを承知の上ですよ」
「素晴らしい考えですよ、しかも給料アップ」
「あ、そうだ! 手当てがつきますよね!」
「小額ですが(笑)」
「一万くらい?」
「そうですね」
「いやあ、それでも月一万円あったら何でもできますよね、なんか美味しい物食べたいなあ……いや、毎日真籐さんの手料理を惜しげもなく食べさせてもらってるんですけど(笑)」
「いえいえ、僕の手料理なんてまだまだです。けど、合格したら、食事に行きましょうか、一流レストラン、紹介します」
「キャア!素敵です、真籐さん!」
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