絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 香月は視線に困って、とりあえず子供を見た。名前は何だっただろう。それすらも覚えていない。白い小さな顔の子供は、それがいつもの顔なのであろう、静かに眠りについている。
「今の車、彼氏?」
「えっ、見てたの!?」
 つい10分ほど前、巽との食事から帰宅していた香月は、まさかその一部始終をどこからか西野に見られていたことに、少し恐怖を感じた。
「うんそう、彼氏」
 しかし、突然の話題が変更しても、ちゃんと話しをしようと自信を持って答えた。そうしなければ、西野に隙を見せてはいけないと思った。
「でも結婚はしないんだろ?」
「うんそうだけど……」
 巽との関係は、ロンドンの後からは格段に表面上は良くなっている。巽の中でどんな心がわりがあったのか、会う時間が2倍になった。逢瀬の途中、仕事の電話がかかってくることもしばしばあり、無理をしているのが見えたが、それでも嬉しかった。
 西野の視線がどこか遠くを見ている。そう気付いていたが、何も言わずにただ、言葉も見つからずにもう一度毛布に視線をやった瞬間。
「俺と結婚しないか? もちろん今すぐじゃない。俺はずっと、香月が好きだった」
 言っている西野は、何かに追い詰められて、吐かされているようであった。ロマンチックとはほど遠い表情である。
「……」
 その、生活味がかかった言葉に、どう返すべきか迷った。もちろん冗談では済まされるはずがない一言。
「俺は……香月に振り向いてもらえないのなら、この子を幸せにしてやれればいいと思ったんだ。なのにな、やっぱり諦められない。離婚の原因もそこにあったのかもしれない」
「私のせい?」
 その一言が真っ先に浮かんだ。心の中がその言葉で一杯になっていく。
「……」
 そんなことを言われても、というのが次の一言。
「俺と結婚してくれ……」
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