執着王子と聖なる姫
「すみません。佐野愛斗さんにお会いしたいんですが」


シンと静まり返る教室。上手い具合に、噂の人物が自ら渦中に飛び込んで来た。素晴らしいタイミングだ。

「あ。カワイー女の子」

ふふっと笑う女を置いて黙って席を立ち、集まる視線を擦り抜ける。

「どした?」
「マナ、今日携帯忘れましたか?」
「俺?」
「はい」

そう言えば…とポケットを探るけれど、右にも左にもその感触は無い。

「忘れたみてーだわ」
「携帯電話は、携帯するから携帯電話という名称ですよ?」
「すいませんね。朝から誰かさんが騒いでたもんですから。で、それがどうした?」
「それは言い訳です。マリちゃんからメールがありました」
「何て?」
「遅くなりそうなので、今日はうちでご飯を食べてほしいそうです」
「判断早いな、オイ。なりそうじゃなくてなる気満々なんだろーが」
「それはセナにはわかりません。一緒に帰りましょう」
「いや、メシくらい一人で食えるよ?俺ガキじゃねーんだし」
「はるのご飯は美味しいので、食べないと損しますよ?」
「作るのハルさんなんだ」
「うちは二人で作ってます。終わったら門を出て待ってます」
「O.K.」

要件だけを告げ、セナはさっさとその場を去って行く。その後ろ姿を見送り、再び視線を擦り抜ける。

男女共にコソコソと…言いたいことがあるならば直接言えば良いと思うのだけれど、そうもいかない事情でもあるのだろうか。俺には思い付かないけれど。

「噂のカワイー女の子?」
「ん?」
「一緒に登校した?」
「あぁ、したよ」

座り直し、にっこりと笑ってやる。

進学校だと聞いて真面目な奴ばかりを想像したけれど、この学校はそうでもないらしい。茶髪にピアスは当たり前。制服を着崩すのも派手なメイクも、どうやら当たり前らしい。日本人が堅苦しいと言ったのはどこの誰だっただろうか。

まぁ、おかげさまで俺の茶髪も浮かないで済んではいるけれど。

「佐野君、アメリカでもモテた?」

それはどうだろうね。と、父顔負けの含みっぷりをみせてやれば、大抵はそれに釣られてくれる。

柔らかな口調に優しい笑顔、時々こうしてニヤリと笑う男が女は好きだ。そう、うちの父親みたいな。
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