北向きの枕【迷信ナあれこれ】
 「それで、ここが小岩井の部屋だ」
 まるで自室の様に部屋を開け放った大橋は勝手に鞄を部屋の端に置く。
 「わーい! ベッドだー エロ本どこー」
 小池はコートも脱がずに小岩井のベッドに飛び込む。
 「あっ、そのベッド!」
 唐突に歌舞伎沢兄妹の声が揃って叫んだ。
 「え!?」
 ベッドの上の小池は顔を青くしながら硬直する。
 「勝手に人の家に侵入してベッドにまで登った罰だ! ざまあみろ!」
 やっと追いついた小岩井はケラケラと笑いながら叫ぶ。
 「そういう事か」
 大橋が静かに声をあげた。
 「ちなみにですが、小岩井くんはいつもどのようなカッコで寝ているのですか?」
 明らかに小岩井についての質問ではあるが、歌舞伎沢妹は大橋に向けて疑問を投げかける。
 「小岩井は一旦眠り出したら、すごい姿勢よくて、胸の上に手を組んで寝るという変な習性があるな」
 淡々と小岩井について語る大橋。小岩井は「知らなかった!?」という表情で大橋を見つめた。
 「やはり、そうでしたか」
 「何がそうだったの?」
 未だに話について行っていなかった小池がベッドで平泳ぎをしながら尋ねる。
 「北枕だよ」
 そう答えを出したのは大橋だ。
 「北枕というのは基本死人がする眠り方なんですよ」
 「家具の使用上北向きに寝ている人もいるかとは思いますがね」
 歌舞伎沢兄妹はそれを皮切りに説明を始めた。
 「こんな小岩井くんみたいな事例は少ないですが」
 「小岩井君はどうやら、死んだ様に眠るみたいですから」
 「勘違いされたのでしょう」
 「それで、毎日眠れば」
 「眠るほど」
 「魂を引っ張り出されて」
 「魂の抜けかかった体が身を守ろうとして」
 「多くの睡眠を取ろうとしたんでしょうね」
 その説明を聞いた小池は感心したように、ぶんぶんと首を縦に振る。大橋は少し悩む様な表情だが意義はない様だ。
 「じゃあ、ベッドの向きを変えればいいの?」
 小池はベッドを叩きながら歌舞伎沢兄妹に尋ねる。
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