七月ノ小話
 「どうか、したんですか?」
 堪らずに話しかけた僕に若い消防士がこんな事について口を滑らせたのだ。
 『おかしな死体が見つかったんですよ……母親は一酸化炭素中毒で無くなっていたのに娘さんが――――』
 消防士の言葉を聞き終える前に私は警官に呼ばれた。
 「――さんですね? 確認して頂きたい事が」
 嫌な予感以外に何があるだろうか。
 青いビニールシートが捲られるとそこにはただ眠っているだけに見える妻と白かった肌だけが黒く焼け焦げた様な娘の遺体が横たえられていた。
 警官の言葉など耳に届かず、ただその場に崩れ落ちる。不思議と涙は出ず、目の前の現実が受け入れられない。

 そんな時に携帯の着信音が鳴り響く。私の物だ。
 現実から逃避する様に画面を確認する。
 こんな時でなければ嬉しい事だっただろう。先日送った作者へのメッセージの返事だ。
 《その様に作品を気にっていただいて本当に嬉しく思います。自分の作品から娘さんの名前が決まってしまったのもとても驚きです。ただ――》
 その後の文章に私は戦慄した。
 《ただ、木蓮の花が枯れる時はまるで焼かれた様ですから、是非気を付けてあげて下さいね》
 これはきっとただの偶然だろう。それでも、私の脳裏に消えていた記憶が蘇る。あの、幼いころの記憶。木蓮の花を見上げていた時の言葉。そこに居た人は下を向きながらこう言ったのだ。
 『木蓮の花が枯れる時は、まるで――まるで誰かに燃やされたみたいだと思わないかい?』

 この何人もの死人を出した火事は、放火だった。
 しかし、犯人は未だに捕まっていない。
 もしも、娘に違う名前を付けていたら、何かが違ったのだろうか?
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