毬亜【マリア】―信長の寵愛姫―
 蹴りに反応した馬が走り出すと、私は男の腕をぎゅうっと掴んだ。

「いや。怖い! やめて」と私は叫んだ。

 馬に乗るなんて初めての経験。ただでさえ、安定しない馬の上に乗っているだけでも怖いのに。

 走るなんて以ての外!

 私は首を左右に振ったが、信長と呼ばれていた男は馬を止める気配は全くなかった。

「また追われたいのか! お前の背後には、何千という今川軍の兵士が待機しているのだぞ。お前を捉えるため、今川義元は躍起になっておる。その渦中に入りたいのか」

 私は目を固く瞑ったまま、首を横に振る。

 戻りたくない!

「ならこれくらい我慢しろ。儂がお前を支えている。落馬はさせん。中島砦なら、目と鼻の先にある。少しの我慢だ」

 私は、コクンっと頷くと、さらにぎゅっと信長と思われる人の腕を強く握りしめた。

 本当に、この人は私を助けてくれるのかもしれない。

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