彼女は予想の斜め上を行く
挨拶をしてから先輩のデスクに目を向けると、まだ出社していなかった。

ホッとしたのと同時に、金本葵のアパートへ走る後ろ姿が思い出される。

金本さんの家から直接出社して来るのかもしれない。

そんな考えが、頭に過り虚しくなる。

次にホワイトボードに視線を移すと、シフト表が目に入る。

それによると金本さんは今日、明日休みらしい。

正直なところ、昨日の今日で二人揃うことがないと言うのは心の救いだ。

開発課の手伝いもする金本さんは、中島先輩とも話す機械が多い。

業務上の会話とは言え、渦中の二人が話すのを見て平然としていられる自信が俺にはないのだ。



しばらくすると「おはようございます」と言う低い声で、中島先輩が出社したのだとわかった。

「おはよ。勇人」

俺は、朝から気まずくてどうしたものかと思考を張り巡らせていたのに。

対象的な明るく爽やかな挨拶。

昨日の無茶苦茶な振る舞いを見せる男は、そこにはいなかった。

中島裕行は、きっちりスーツを着こなすいつも通り《完璧な男》に戻っていた。
< 59 / 251 >

この作品をシェア

pagetop