pinky
プロローグ

あたしの好きなアーティスト。



「ママ、今日の”WM”、録画してくれた?」



「したわよ。美佳が朝から言ってたから忘れなく」



「よかったぁ・・・」




佐々木美佳は高校1年生になったばかりの女の子。
高校受験の為に中学から通い始めた塾に、今も通い続けている。
部活はテニス部所属。
勉強と部活を両立させるべく忙しい日々を送っている彼女の楽しみの一つは、毎週土曜日に放送される「Weekly Music」通称「WM」。



音楽にも興味津々な美佳にとって、さまざまなアーティストが登場するその番組は見逃すわけにはいかなかった。

土曜日は番組の始まる20:00まで塾があるので、いつも母親に録画を頼んでいた。

特に今週は、見逃すわけにはいかない。
彼女の好きなアーティストが二人も出演するからだ。



母の車で帰宅して、美佳は真っ先にテレビをつける。
弟は自分の部屋で勉強中だった。



テレビの前で正座し、じっと見つめているのは、茶色のショートヘアの女性。

中性的な顔立ちによく似合うスーツ仕立ての衣装を着ている。
耳たぶと耳の軟骨には銀のピアス。
左手の小指の付け根には星の形の小さなタトゥーが入っていた。


「”奏”、今日もかっこいいなぁ・・・」



美佳には彼女のすることなすことがすべて輝いて見える。
学校では禁止されているピアスも髪のカラーリングも、全部がかっこよくて最高にかわいい。

そのタトゥーさえも、何か謎めいた雰囲気を醸し出していて、美佳は大好きだった。



曲が始まると、美佳の呼吸は止まる。

ステージに立ち、たくさんの観客の前で歌い踊るその姿は、凛としていて、世の中の男にも女にもどちらにもない魅力をたたえている。


その声も、低いところから高いところまで楽々出せる音域をもっていた。
独特のリズム感に少し力の抜けたようなダンスも、色気がある。



奏は出身地、本名、家族、すべての生臭い事実を伏せていた。
そのことが見る人を虜にする。
もっと知りたいという気持ちにさせて、だんだんとその心を奪っていく。

それは作戦ではなかった。
奏自らが、そういったことを公表するのを嫌がっている、とそれだけがファンの知っている奏の過去だった。




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