雫-シズク-
もしも親父がうつ病にならなかったら、いや、うつ病になっても良くなっていたら、俺の人生は違っていた。


もしも葵さんが自殺を考えるほど追い詰められる前に、誰かが気付けていてもそうだ。


今更過去を変えることなんかできないけど、そのもしもを叶えられたかもしれない存在は。


葵さんと親を助けられたかもしれない存在は……。


俺の頭の中をぐるぐると巡っていた三人の最後の顔とたくさんの薬、そして精神科という文字が一つに繋がるのにそう時間はかからなかった。


……でも俺なんかが精神科医になりたいなんて思うこと自体、間違っているんだろうか。


それでもやっと目指したいものができて、俺は嬉しかった。


難しい目標なのは自分でも想像がつくけど、日に日にその気持ちが大きく膨らんでいくことを簡単には止められそうにない。


……いや、止めるわけにはいかない気がする。


俯きがちに人込みの中を進んだ俺は、すれ違う自分とは正反対の生き生きとした笑顔を横目に玄関を出た。




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