理想の瞳を持つオトコ ~side·彩~

夏の嵐

「もう。
時間ギリギリになっちゃったじゃない」

頬を膨らませる私の唇に、チュッと軽いキスを落としたイッセイは…

「結構喜んでたクセに」

と、ニヤリと笑う。


赤くなって、口をパクパクさせる私の荷物を、ヒョイッと持ち上げ…

「準備が出来たんなら、行こか」

と、何事も無かったかの様にサラリと言う。


こうしていつも…
私は、イッセイにペースを乱されてしまうんだ。


「ズルい…」

そう呟いて、イッセイを見上げると…

「ほら、ボサッとしとらんと…
両手塞がってしもてんのやから、早う掴まって」

そう言って、左の肘を少し突き出すから、慌ててしがみついて腕を組む。


「あれ?えっ?」

何かがおかしいと気付く頃には、イッセイがペロリと舌を出して脇を締めてしまい…
抜けなくなった腕を見ながら…

「…また、やられた」

ガクリと肩を落とす。


またもイッセイのペースに巻き込まれてしまい、今日一日が思いやられる始まりとなった。


…ううん、さっきのアレがすでに、思いやられる今日の、始まりだったのかもしれない。




二人並んで広い廊下を歩き、エレベーターに乗り込む。


両手の塞がったイッセイの代わりに、私がボタンを押すと…
私を壁に押し付けるように、躰を寄せるイッセイが…
ゆっくりと顔を近づけ、唇が触れるか触れないかの距離で…

「楽しい思い出を、ありがとう」

と、甘い声で囁いた。


今朝の、イッセイからのお泊まりの誘いがなければ…
きっと別れの言葉だと思いそうなほど、あまりにも綺麗な笑顔で…
思わず胸がキュンとなる。


立場もわきまえずに発言して良いのなら…
イッセイのいない日々なんて、今はもう、想像するのすら恐ろしい。


覚悟を決めたあの夜は、一晩だけの関係のつもりだったのに…

たった3夜の関係は…

女の喜びを与えてもらった代償に…
こんなにも私を、弱くしてしまった。


唇に重なるイッセイの体温に、縋るように舌を伸ばし…

必死に彼を求めた。
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