女の隙間、男の作為
「カノが誰ともつきあわないから俺は安心して、遊んでいられる」

「あんたの事情なんて興味ないもん」

抱き締める力が強くなる。
まるで数週間前の松岡と同じだと思った。

「でもカノが誰かのものになりそうなら、俺は全力で邪魔するよ」

“先輩以外の男を好きになるなら、その相手が俺じゃないなら”

「あんたそれ、どんだけ自分勝手な言い分かわかってるの」

あたしにいつまでも自分を捨てた相手を引きずれと?
さもなくば自分をすきなれと?

「うん。わかってる」

脳天に触れる柔らかい感触。
それが結城の精一杯だということは前から薄々気づいている。

結城はそれ以上は絶対にあたしに触らない。
でも他の男が触れるなら、それを全力で阻止すると、この男はそう言っている。

「あんた、あたしのこと好きなの?」

「うん。百恵ちゃんに万札渡してお引取りいただく程度に惚れてる」

他の女の子のタクシー代を負担して。
さらに遠回りのタクシーに乗ってその全額を負担するくらいの“すき”とはいったいどれほどのものなのだろう。


それを喜ぶべきなのか落ち込みべきなのか怒るべきなのか。

あたしは結局どれもできずにただ黙っていた。

そしてそれは相手に求めることでもあった。


結城にも松岡にも。
あたしはただ黙って欲しいのだ。

口説かないでいい。
甘い台詞なんぞで誑かさなくていい。

隙間に入り込もうとしないで欲しい。



  あたしはあたしの人生の沈黙を守りたかった。




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