愛の花ひらり

願いは努力しても必ず叶えられるものではない

 小さい頃に聞いた『頑張りなさい』の言葉をバネにして厳しい研修を乗り越えた要は、ようやく正式な人事異動を迎えた。
 在学中に経済学部を必須としていた彼女が所望していた部は営業部である。この部は外回りが多い為に、学生時代にバイトをして必死に貯めたお金でそれ用のスーツも数着用意していた、のに――
「な、何で……!?」
 人事部の上役から言い渡された部署名は、彼女の願いを根っこから断ち切った。
 総務部――
 だけであったらまだ良かった。
 総務部の仕事も研修内容に組み込まれていたからだ。その中に役員秘書といわれる仕事内容も要はしっかりと把握していた。
 しかし、その下に何故か邪魔な職名まで付き添って来ている。
 社長秘書――
 研修中にも先輩にあたる社員の話をイチゴ残さず頭の中に詰め込んでいた要は困惑した。
 秘書でも役員秘書と社長秘書では全く内容が異なるのだそうだ。
 何これ? と一瞬考えた要は、人事部の上役に質問をする。
「あの……この社長秘書って……?」
 どうにも納得がいかないという表情を浮かばせている要と自分の手の中にある新入社員のあれこれが書かれた書類を交互に見つめていたその上役の男は、ああ――と、納得のいくような頷きを見せた。
「君、入社式の時に居眠りをしていたでしょ?」
「えっ? あ……はい、そうですけれど、それとこの部署の配置に何か関係でもあるんですか?」
「何か、社長がえらくお気に召したみたいでさ。居眠りしていた新入社員を自分の秘書にするって役員会で宣言をしたんだ」
「は、はいっ!?」
「この社での社長秘書はかなり忙しくて厳しいので有名だからね。でも、普通なら初めての出社で緊張をしているはずの新入社員が堂々と居眠りをできるという事は、余程肝の据わった奴なんだろう、鍛え甲斐があるって言っていたらしいよ」
 居眠りをしているところを見つけてそう思うとは――
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