ルージュはキスのあとで




『真美……今、どこにいる?』

『っ!』



 私の名前を言う、長谷部さんの声。
 こんなふうに響くだなんて思わなかった。

 長谷部さんに名前を呼ばれただけで、私の名前が特別なものに感じるのだから不思議。

 一瞬言葉を失った私に、長谷部さんは少し苛立った声で続けた。



『どこだ?』

『えっと……え? ど、どうしてですか?』



 もっともな質問だと思う。
 
 どうして突然電話してきたの?
 その理由を聞きたい。

 騒がしい店内。
 だけど、私はなぜか長谷部さんの声だけは聞き取れた。



『トラウマ男と一緒なんだろう?』

『ト、トラウマじゃないし!』

『じゃあ訂正してやる。トラウマからは脱したからな』



 クスリと笑う長谷部さんの声が、耳に心地よかった。


 
『お前が……好きだった男と一緒なんだろう』

『……そうですけど』


 小さく呟く私に、長谷部さんは何も語らなかった。

 少しの沈黙のあと、長谷部さんは小さく呟いた。



『……会いたい』

『え?』



 自分の耳を疑った。

 今、長谷部さんはなんていったの?

 会いたい、そう言ったよね……?

 携帯を持ったまま、信じられない気持ちで固まっていると耳元で長谷部さんはもう一度呟いた。


『会いたい……今、どこにいる?』



 どうしたらいいのだろう。
 どうしたいんだろう、私は。

 いろんなことが一気に押し寄せていて、考えが纏まらない。

 長谷部さん、どうして?
 私に会いたいだなんて思ったの?

 ギクシャクしていた関係を修復したいから?
 それとも、私が避けていたことを怒りたかったから?





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