ルージュはキスのあとで


「で、京は捕まえることはできなかったの?」

「あ、はい。ギリギリでダメでした」

「そっかぁ」

「はい」



 ガックリと項垂れる私を見て、進さまは「横いいかな?」と、私に断りをいれたあと、隣に座った。

 そして徐に私に名刺を差し出してきた。



「え?」




 差し出された名刺と進さまを見比べていると、目の前の進さまはキラキラスマイルでほほ笑んだ。

 思わず赤面してしまいそうになる。
 至近距離でこのキラキラオーラは反則だ。

 まったく罪な笑顔だなぁ、と私はこっそりと心の中で苦笑する。


「皆藤さんの話だと僕のこともあんまり知らないって聞いたから、はい」

「あ、ありがとうございます」



 進さまから受け取った名刺を見る。



 メイクアップアーティスト 神崎 進 と書かれてあった。

 いただいた名刺をまじまじと見つめている私に、進さまはにっこりと笑って聞いてきた。



「君の名前は? 聞いてもいいかな」

「あ、はい。えっと、ごめんなさい。私、名刺持っていなくて……」



 ただの事務員の私には、名刺などあるわけもない。

 困って目の前の進さまを見つめれば、クスクスと笑って首を振った。



「大丈夫だよ。僕は君の名前を知りたいだけだから」

「あ、はい。田島真美といいます」

「真美さんだね? 初めまして、神崎です」

「こちらこそ、初めまして……っと、なんて呼んだらいいですか?」


 
 私は彼のことを『進さま』と世間で呼ばれていることしか知らない。

 だけど、本人を目の前にして進さまと呼ぶのもなぁと躊躇していると、進さまは優しくほほ笑んだ。



「進さまって世間では呼ばれているんだけどね……その呼び名は、ちょっと恥ずかしいから。……そうだな、進くんとかならどう?」

「え? で、でも……私より年上ですよね? 目上の人をくん呼びでもいいんでしょうか?」



 おずおずとそんなことを小声で言うと、目の前の進さまは驚いたように目を丸くしたあと、にっこりとキラキラビーム炸裂で笑った。



「真美さんは、礼儀正しいんだね」

「そ、そういうわけじゃないんですけど……なんとなく?」

「なんとなくかぁ……。でも、僕としては進くんがいいなぁ」

「そ、そうですか?」

「ん。若作りしておきたいかなと思って。たぶん真美さんとは、ちょっと年が離れているとは思うけど同世代をアピールしておきたいかなと思って」

「は、はぁ……」

「ダメかな?」



 そういって茶目っ気いっぱいでウィンクをして言う進さまを見て、私は思わず噴出した。


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