愛を教えて ―背徳の秘書―
宗を信じていない訳ではなかった。だが……彼ならおそらく躊躇する。

『助けて』と手を差し出して、最期に愛する人の迷う姿など見たくはない。

それならいっそ、宗に決めてもらうのではなく、自分で決めよう――そんな雪音の想いを、宗は見事に裏切った。


映画や小説のヒーローのように、颯爽と飛び降りて抱き上げたりはしなかった。

宗は線路に座り込む雪音を抱き締め、そのまま動かなかった。いや……動けなかった、が正しいのだろう。

何も言わず、歯を食い縛り、痛いほどの力で抱き締めてくれた。


風が頬を切り裂き、向かい側のホームに電車が滑り込んだとき、構内は安堵のため息で埋め尽くされたのである。


直後、駆け下りてきた駅員によって、宗と雪音はホームに引き上げられた。

当然、駅前の交番から警察官が駆けつけてくる。事情を説明し始めた宗と雪音であったが……。

その瞬間、雪音の視線がひとりの女性で止まった。


「どうした? 雪音」

「私、あの人会社で見たわ」

「え?」

「この間、万里子さまと訪ねたとき、一階の受付から最上階まで案内してくれた人……」


ホームの端で震える様に立っていたのは、山南京佳であった。 


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