君がいたことを忘れない

3

それからすぐ、明善は胸騒ぎがして、30秒後には自転車に飛び乗り、海に向けてハンドルを握っていた。いや、ハンドルを握りしめていた。

学校のすぐ前方に広がる海岸線。そこに里絵を見つけた。その瞬間、明善は泣いていた。

もう、里英の身体は膝まで塩水に浸かっていた。

「やめろー!やめるんだ!」

明善は野球部の試合中にも出したことのないくらい大声で叫んでいた。

海岸に自転車を投げ捨て、里英の背中に飛びつく。

その勢いで、里英と明善の身体は全身から、塩水の中に倒れ込んだ。

明善は里絵を抱え上げ、波打ち際まで戻ってきた。

明善は里絵をただ、ただ抱きしめた。力の限り抱きしめた。

自分のことを抱きしめているのが、明善だと完全に認めたいまでも里英は不思議そうな顔をしている。

見つめ合う二人。

明善が到着した時点で、日没を迎えようとしていた海も、不思議そうな顔をして、真っ暗になっていた。

理絵を自転車の後ろに乗せると、明善は無言でペダルを漕ぎはじめる。

はたからみれば、この寸前に入水自殺をしようとした女とそれを必死にとめた男には見えない。

里英の家に着くと明善は

「おやすみ。」

とただそれだけ言い残して、背中を向け、自分の家の方向へペダルを漕ぎ出す。

里英もそれではいたたまれなくなったのか、さすがに明善を呼び止め

「ごめんね。おやすみ。」

とだけ言って、潮の匂いがする衣服を直し、家の中へ入っていった。

でも、里英は気づいていた。必ず、明善が海に来てくれることを。

しかし、来なければ、水平線の向う側の人間になることを心に決めていた。
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