伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
「俺の悪口なら、俺のいないところで言ってよ」


宮根さんが、にやにやしながら立っていた。

美紀は口元を引き攣らせた顔で無理して笑みを作り、



「じゃ、じゃあね、莉衣子。宮根さんも。私、仕事ありますから」


逃げるようにその場を去る。

宮根さんは手をひらひらとさせながら美紀の背を見送り、



「で? 莉衣子ちゃんは『誠実で、優しくて、包容力のある男の人が理想』なんだって? まるっきり、俺とは逆だね」

「聞いてたんですか」

「人を盗み聞き犯みたいに言って。偶然聞こえただけだよ。ねぇ、デートしない?」


どこからどう繋がってそうなったのか、わからない。

私はひどい目眩を覚えてこめかみを押さえた。



「あのですねぇ。聞こえてたならわかってると思いますけど、宮根さんは私にとって、恋愛対象外です。なので、デートなんてもってのほかです」

「理想と現実は違うでしょ」

「ないです。だとしても、あなたとだけは、ありえません」

「すんごい拒否っぷりだ」


宮根さんは、感嘆したように笑った。

振られたという自覚、まるでなし。


どうせ本気じゃないのはわかっているのだし、いい加減、私をからかって遊ぶのは勘弁願いたい。



「仕事に戻ります」


なのに、休憩スペースを出ようとする私の首根っこをひっ掴んだ宮根さんは、



「あんまり根詰めちゃダメだよ。莉衣子ちゃんはたまに、無理しすぎるから」


あんたの所為で私の仕事が増えるんでしょ。

と、思った言葉を飲み込み、「ご親切にどうも」とだけ返して、私は休憩スペースを出た。


デスクに戻ると、嫌がらせのように、宮根さんがまとめた分厚い営業資料のファイルが3束も置かれていたけれど。

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