伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
「何? あなた、その封筒を営業課に届けるの?」

「あ、はい。そうなんですけど。すいません」


女の人は私の手からそれをひょいと取り上げ、



「沖野くん。悪いけど、これ、宮根に渡してくれない? まだその辺を歩いてるはずだから」

「わかりました。ついでにこっちのファイルも俺が資料室に戻しておきますよ」

「ありがとう。助かる」


男の人は行ってしまった。

お礼を言いそびれてしまったことに、今更気付く。



「本当にすいませんでした。私の所為で、何から何まで」

「いいの。それよりあなた、私とぶつかったから泣いたんじゃないんでしょ? 辛いことでもあった?」

「えっと……」

「よくわからないけど、どんな理由でも泣き顔なんてあまり他の人には見られたくないだろうと思って。だから余計なおせっかいだとは思ったんだけど、ね?」


はっとした。

この人は、私が泣いてるから、理由をつけて人払いをしてくれたのだ。


どこまで感謝すればいいのか。


私はまた涙が溢れてきた。

女の人は、そんな私の背中をさすりながら、



「大丈夫。今は私とぶつかった所為にして、思いっきり泣けばいいわ」

「うぅ」

「どうする? 仕事にならないなら、私があなたの課の課長さんに謝って、早退させてもらえるように言うけど」


私は強くかぶりを振る。



「大丈夫です。もう泣きません。頑張れます」

「そう。でも無理はしちゃダメよ」


私が立ち上がると、女の人も立ち上がった。

私はもう一度「すいませんでした」と頭を下げ、涙を拭ってきびすを返した。


私も、少しでもあの人のようになりたいと思った。

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