白き薬師とエレーナの剣
 いずみに助けてもらった直後のことを思い出し、水月の頭が冷えていく。

 一族の命を奪ったのはキリルたちだが、その原因を作ってしまった自分も同罪だ。
 こんな人間にキリルを批難する資格はない。言えば言うほど、自分の罪は重みを増していく気がした。

 いたたまれずに水月が目を逸らすと、キリルが小さく息をついた。

「不可能だと分かっていることを言って、何か意味があるのか? そんな不毛なことよりも、これからの身の振り方を考えておけ」

 胸がカッと熱くなり、水月は再びキリルを睨みつける。
 しかし反論の言葉は出てこなかった。

(言われなくても分かってんだよ。……これからコイツらを相手にしていかなきゃならねぇんだ。感情的になれば不利になっちまう)

 表に出そうになる怒りを、胸元を強く掴んでどうにか抑える。

(もうオレはどうなってもいい。けど、いずみだけは助けたいんだ。アイツがここから逃げて自由に生きられるなら、どんなことでも耐えてやる)

 何をしても、背負ってしまった罪を償うことなどできない。
 それでも彼女を守り切らなければ、死んでしまった者たちに合わせる顔がなかった。

 荒かった水月の息が落着いていくのを見て、キリルはかすかに頷く。

「それでいい。冷静さを失えば、相手に付け入る隙を与えるだけだ。あの娘を生かしたいなら、これから一切の隙を見せるな」

 胸奥から刺々しい反発がこみ上げてきたが、水月は言い返さずに押し黙る。

 キリルの言うことはもっともだ。感情的になってしまえば、取り返しのつかない事態を生んでしまう。
 不老不死の嘘も、仲間を裏切ってしまったという嘘も、知られる訳にはいかない。

 水月は細長く息を吐き出して心を落ち着けた。

「……オレにくれてやる金があるなら、いずみの食事をもっと良くしてくれ。今までみたいな囚人用の食事じゃあ気も滅入るし、体にも負担がかかっちまう。アイツはお前らよりも繊細でか弱いんだから、そこの所はもっと考慮してくれよ」

 王を貶されなければ怒らない。理由が成り立てば、あっさり受け入れてくれる。
 キリルの性格を知っているからこそ、ここまで生意気な口がきけた。

 案の定、キリルから苛立った気配は感じられなかった。

「分かった。報奨金を受け取れる人間は、もうお前だけだ。お前が望むならそうしよう」

 やおらと音もなく踵を返すと、キリルが元来た道を戻っていく。
 と、不意に立ち止まり、少し首を回して水月を見た。

「これからも今まで通り、俺の指示に従ってもらう。ゆっくり休めるのは今の内だけと思え」

 水月は何も答えずに首を元に戻すと、扉のほうへと戻りながら、心の中でぽつりと呟く。

(オレの体が苦しいからって、休む訳にはいかねぇよ)

 痛みと熱で、体の倦怠感はさらに増している。けれど頭の中は妙にハッキリしていた。

(残りの人生、全部いずみのためだけに使うと決めたんだ。待ってろよ、必ずこの生き地獄から抜け出させてやるからな)
< 37 / 109 >

この作品をシェア

pagetop