白き薬師とエレーナの剣
 一瞬、その場の時が固まる。
 しかしすぐにイヴァンが小さく唸り、口を開いた。

「無理を言って済まなかったな。エレーナが何もいらないと言うならそうしよう。だが、気が変わったらいつでも言ってくれ」

 相手の気を悪くする訳にはいかないと、いずみは再びイヴァンに視線を戻して「ありがとうございます」と微笑んだ。

 どこか安堵したような息をついてから、イヴァンも笑みを浮かべ直した。

「ところでエレーナ、朝はいつもここに来ているのか?」

「はい。温室の薬草の手入れと、その日に必要な薬草を採取をしています」

「そうか、それは都合がいいな。実はこれからもエレーナに見舞いの花束を作ってもらいとい思っているんだ。引き受けてくれるか?」

 ……本当に私の花束なんかで良いのかしら?
 いずみは何度か瞬いてから、受け入れていいものか頭を働かせる。

 なるべく自分は必要以上に人と顔を合わせないようにして、こちらの素性に気付かれないようにした方がいいと水月に言われている。

 しかし、王子から直々に頼まれたことを断ってもいいものだろうかと悩んでしまう。
 それに病に苦しむ人の体だけでなく、心を癒すことも大切だ。
 
 どんな人であっても、全力を尽くして相手を癒すことが『久遠の花』の役目だと教えられてきた。
 己の保身のために拒んでしまえば、一族の志を失ってしまうような気がした。

 正体に気付かれないよう接していけば、きっと大丈夫。
 そう自分に心の中で言い聞かせてから、いずみは大きく頷いた。

「分かりました。少しでも王妃様とイヴァン様に喜んでもらえるように頑張って作ります」

 こちらの答えを聞いて、イヴァンの目が柔らかく細まった。

「ありがとう、そう言ってもらえて良かったぞ。早速だが、今から作ってもらえないか?」

 にっこり笑って「はい」と返事をしてから、いずみは踵を返して奥の花壇へ向かう。

 前に使った物はなるべく避けようと考えつつ、辺りを見渡して草花を物色する。
 いくつか目星をつけてから、手にしていたハサミで丁寧に切り取っていく。

 花束が半分ほど仕上がったところで、また温室の扉が開く音がした。

 いずみが顔を上げると、扉の前で立ち尽くす水月の姿があった。
 イヴァンを見て驚いたのか、いつになく目が見開いてもり、体も強張っている。

 訝しそうにイヴァンが小さく唸ると、水月に近づいていった。
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