白き薬師とエレーナの剣
 イヴァンは「……済まなかった」と重々しい声で詫びてから、水月を見据えた。

「一つ尋ねるが、お前はキリルの部下なのか?」

 全力で否定したいところだが、私怨抜きで考えれば、自分のやっていることは部下そのものだ。
 だが、それを認めるのは癪だし、完全にキリル側の人間だと思われるのも困る。

 水月は顔をしかめながら肩をすくめた。

「オレは部下じゃない、ちょっと使い勝手の良い従順な人質だ。そうだろ、キリル?」

 目を合わせて同意を促すと、キリルは考える間もなく頷いた。

「その認識は間違っていない。この小僧を部下にするくらいなら、そこの者を部下にしたほうが良い」

 そう言ってキリルはルカを一瞥し、イヴァンへ視線を戻す。
 ……同意見なのに、これはこれで面白くない。

 水月が苛立ちを胸で踊らせていると、イヴァンが小さく唸った。

「部下にするとまではいかないが、使えると認めているのか。それなら好都合だな……キリル、できればこの話を知る人間は増やしたくない。だからナウムを俺たちの伝達役に使う」

「……小僧を?」

 かすかにキリルの目が細くなり、納得できないという空気を漂わせる。

 水月も同感だった。
 キリルの変装術ならば変幻自在に姿を変えて、誰にも怪しまれずにイヴァンたちへ近づくことができる。わざわざ未熟者の自分に重要な情報を運ばせる理由はない。

 そのことに気づいているのか、イヴァンはキリルの反論を待たずに言葉を続けた。

「お前が親父のために、どれだけ裏で責務をこなしているかなど百も承知だ。そんなお前の負担を増やしたせいで、万が一に対処できなかったらどうする? それに、都合の良いことにナウムはチュリックを通じて人脈を広げているようだしな。俺やルカと一戦交えることがあっても不自然ではないだろ?」

 キリルは即答せず、軽く目を閉じて一考する。
 再び瞼を開くと同時に、静かで機敏な足運びで水月に歩み寄った。

「確認したいことがある。小僧……何故今回の件を俺に報告しなかった?」

 こんな状態になった以上、隠す必要はどこにもない。
 水月はいずみを抱き上げてから、キリルの瞳を睨みつけた。

「どれだけ忠実に見えても本当にそうだとは限らねぇし、特にアンタは嘘を嘘と見破れない術にも、秘密を嗅ぎつけさせない術にも長けている。忠実なフリして陛下に毒を盛っているかもしれない人間に、オレたちの命を左右することなんて言える訳ねぇだろ」

 信用できるのは、いずみと自分だけだ。
 他の人間は信用できない、というよりは知らないことが多すぎて、今この話をしても大丈夫な相手かどうかが判断できていない。だからいずみにも口止めしていた。

 近くでキリルを見続けて、ジェラルドに対する忠誠心は本物だと肌では感じていた。
 ただ、この判断が正しいと思えるほどキリルを信用できず、今まで用心を続けていた。

 この判断は間違っていない。
 そう心から信じているからこそ、キリルから目を逸らさずにいられた。

 不意に、キリルの口元に微笑が浮かんだ。

「それでいい。だが、これからは必ず俺に報告しろ……伝達役を任せるからには、今まで以上に慎重になれ」
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